全3回の連載記事です。
- 第1回:賞味期限の年月表示とは|よくある誤解について
- 第2回:賞味期限の年月表示のメリットとは?
- 第3回:賞味期限の年月表示のデメリットについて(食品メーカー目線) 現在のページ
賞味期限の年月表示への切り替えは、特に中小メーカーにとって無視できないデメリットがあります。
デメリット①:消費者の誤解範囲の拡大
誤解②で述べましたが、表示された賞味期限の前月までが期限内だと思われている方がいらっしゃいます。
そうなると、当月のものが捨てられてしまう可能性があるものと考えられます。筆者も仮に食品業界で働いていなかったら、特に意識もせず、そう思っていたかもしれません。
これがもし年月日表示であれば、当日ではなく前日までが賞味期限内だと思っていたとしても、その誤解は1日分で済むところですが、年月表示にした場合は本来の期限より1ヶ月も早い段階で「期限切れ」だと思われてしまうことになります。
また、年月表示自体に「日付を分からなくするためのもの」と、ネガティブな印象を持つ消費者もいることでしょう。
最近はフードロスへの世間の関心を背景に、年月表示をポジティブな内容で発信するメディアが多い印象ですが、今後はどうなるか分かりません。
これらの誤解に関しては、現状ではメーカーを含めて地道に発信を続けていくしかないのかなと思います。
デメリット②:賞味期限が短くなる
誤解③で述べましたが、賞味期限の年月表示化には、賞味期限が短くなるデメリットがあります。
そのデメリットを打ち消すには、賞味期限の延長と一体的に取り組むことが肝要となりますが、当然ながら延長のためのエビデンスが必要です。
したがって、全ての商品で賞味期限を延長できるとは限りません。
デメリット③:回収範囲拡大の可能性
賞味期限の年月表示化により、有事の際の製品回収の範囲が拡大する恐れがあります。
中小規模のメーカーにとっては、これが最も大きなデメリットになると考えられます。
食品メーカーは、通常、製品の製造日をトレース可能な状態にして出荷します。製造ラインや機械のトレースまで可能な状態にするメーカーもあります。
賞味期限を年月表示化した場合であっても、ロット番号をつける等なんらかの手段で、トレーサビリティを確保すると考えられます。
消費者庁も、「食品表示基準について」という通知の中で、「賞味期限を年月で表示する食品は、ロット番号を表示する等により、製造日が特定できるような措置を講ずること。」と示しています。
さて、そもそも食品メーカーがロット番号を付ける目的は主に二つです。
(1)不具合の原因を特定するため(トレースバック:遡及)
(2)製品回収の範囲を絞り込むため(トレースフォワード:追跡)
ロット番号から製造日や製造ライン・機械番号が分かれば、不具合の原因を特定しやすくなり、再発防止策の検討も可能になります。(トレースバック)
不具合の原因が分かれば、商品の全回収ではなく、該当ロットと同じ不具合が発生する可能性のあるロットのみを回収対象とすることができます。(トレースフォワード)
(1)に関しては、ロット番号を付けさえすれば、年月表示化の影響は軽微です。
不具合が生じた場合に、製品の状態や状況を当事者からお聞きしたり引き取りに伺ったりして、製造日を特定し、原因調査に入るまでの手順は変わらないと考えられます。
(2)に関しても、ロット番号を付け、かつロットと出荷先の紐付けをしていれば、該当ロットの出荷先まで絞り込むことは可能です。
(ただし、デメリット④で後述しますが、ロットと出荷先の紐付け自体の是非についても議論があります。)
したがって、「年月表示化をしても、ロット番号等によってトレーサビリティは実現できる」。
ここで議論が終わり、このように結論付けられることがほどんどです。
ただ、メーカーにとって本当の問題は、(2)で回収範囲を絞り込んで告知もした後、実際に製品回収が実施される段階にあります。
卸問屋や小売業者は、基本的にメーカーのロット番号の管理などしません。
(それが問題だと言いたいのではありません。年月表示化で業務効率化を図ろうというのですから、年月日管理より更に手間のかかるロット番号管理をしないのは当然のことです。)
つまり、メーカーから「どのロットをどこに出荷先したか」までは分かっても、その先のロットの行方は分からないケースがほとんどです。
これで何が起こるかというと、該当ロットと同一の賞味期限の製品が、ほぼ無差別に返品される状況が発生します。
「2020年12月 LOT:A」が回収対象だとすると、「2020年12月」のものは、「 LOT:B」も「LOT:C」も返品されるということです。
これは、年月日表示の場合も同様で、「2020年12月01日 LOT:A」が回収対象の場合、「2020年12月01日」のものが無差別に返品されるということが発生していました。
(厳密にいうと、「対象外ロット」だけでなく「対象外日付」のものも混ざって返品されますが、その比率は高くありません)
年月日表示の場合は、「ロット単位⇒日単位」の拡大まででほぼ収まり、影響は比較的軽微でした。
それが、「ロット単位⇒日単位⇒月単位」まで拡大するということです。
例えば月に20日間製造している製品の場合、年月日表示の場合に比べ、極端な話ですが、回収費用が20倍に膨らむことも考えられる訳です。
全国レベルの物流網や営業網があれば、メーカー自ら対象ロットのみを回収にいくことも、ある程度は可能かもしれません。
また、得意先との関係性によっては「回収対象ロットだけを店舗からピッキングして返品して欲しい」とお願いすることも可能でしょう。小売店ではロット管理はしていませんので、ほぼアナログで人力で探すことになり店にとっては大きな負担ですが、実際にそのように対応してくれる小売店もゼロではありません。
ただ、特に中小メーカーの場合、売る側と買う側の関係上、基本的にはメーカー側の立場が弱くなりがちです。(大手メーカーの場合は、その限りではありません。誰もが知っている有名な商品を店舗に置かないこと自体があり得ないからです。)
そのうえ、立場以上に、なにより回収事案を発生させたという負い目もある状況ですので、「対象ロット以外は返品をとらない(返金しない)」とまでは言えないケースがほとんどではないでしょうか。
また、体力のある大手メーカーであれば、回収費用増大のリスクと、日々の業務効率化によるコストダウンの積み重ねを、総合的に勘案して長期スパンでの期待値を試算できます。
一方、中小メーカーでは、例えば売上の大部分を占める主力商品を年月表示化した場合、一度の回収事案で事業が立ちいかなくなるリスクすらあります。
「そもそも回収するような製品を作るほうが悪い」と言われてしまうと、それはごもっともな話ですので、筆者のように個人的に発信するのであればともかく、メーカー側として公式には主張しづらい内容かもしれません。
とはいっても、実態として、製品回収を限りなくゼロに近づけることはできても、ゼロになることはありません。
PL保険には多くのメーカーが加入しているとは思いますが、必要に応じてリコール保険への加入も検討すべきかもしれません。
その際に重要なことは、「回収対象外のものが返品された場合」について保険金の支払い対象になるのかどうか、契約内容をよく確認することです。
年月表示にした場合は、前述のとおり、回収対象外のロットのほうが数倍も多く返品されるケースが考えられるためです。
デメリット④:中小メーカーはコスト増の可能性
これも、やはり主に中小メーカーにとっての話ですが、先に述べたコスト削減効果を得られない、逆に費用が上回る可能性があります。
設備投資が必要になる可能性?
こちらの記事(食品業界で進む、賞味期限の年月表示化。切り替えの課題とメリット|フーズチャネル)によると、「公益財団法人流通経済研究所(※)」は、「賞味期限表示を印字する機械の変更などの設備投資、パッケージ変更などの負担」がメーカーに発生するという見解のようです。
※公益財団法人流通経済研究所:農林水産省が設置した「食品ロス削減のための商慣習検討ワーキングチーム」の事務局が設置されている機関
ただ、筆者としては、設備投資は全く必要ないか、あっても限定的または軽微だと考えています。
ワーキングチームの平成30年度と平成31年度検討会の議事要旨を拝読しても、そのような負担が発生するとのメーカー側からの意見は見つかりませんでした。(研究員の個人的な見解ということも無いでしょうから、更に前の検討会か、あるいは同研究会では毎年業界各社にアンケートを実施していますので、そこで出た意見かもしれません。)
まず機械に関して言えば、もし「印字する文字数が増える」のであれば、印字機のスペック(最大桁数)をオーバーしてしまうことは考えられます。
ただ、年月日から年月へと、文字数が減る取り組みですので、機械ごと買い替えるような設備投資が必要になることは、まず考えられません。
また、仮に「日付を年月日の形式でのみ印字できる」ニッチな機械を使用している場合であっても、賞味期限の「2020年12月」はそもそも「2020年12月31日」を意味するのですから、単に「2020年12月31日」と印字すれば同じ目的を達成できます。
「それは年月表示では無い」というのであれば、食品ロス削減のための「年月表示」という手段が目的化しています。
パッケージ変更の負担に関しても同様で、意図が良く分かりません。
例えばアレルギー物質の義務表示品目が増えるような場合には、パッケージ変更に多大な手間やコストがかかるケースも出てくるでしょう。
(余談ですが「くるみ」は推奨品目から義務品目への格上げが確実視されています)
しかしながら、賞味期限なんてものは、そもそもが製造の度に変わるものですし、当然そのことを想定して商品設計しています。
賞味期限を表示するための方法としては、主に次の3パターンが考えられます。
(1)あらかじめ包材に印刷
(2)「賞味期限:枠外下部に記載」などとしておき、後から印字
(3)賞味期限を含むラベルシールを貼付
(1)は数量や時期が決まっているスポット企画品などで用いられる方法ですが、どのみち都度新たに印刷するものであって、年月日表示でも年月表示でも関係ありません。
(2)は最も一般的に用いられている方法で、それこそ賞味期限の日付が変わってもパッケージ変更しなくても済むように、先に挙げた印字機でその都度賞味期限を打てるように、多くのメーカーが多くの商品でこの方法を採用しています。
強いて言えば、「枠外下部に西暦の年月日で記載してあります」のように、年月日であることを明記している場合はパッケージ変更が必要でしょうか。
(3)は原材料等が頻繁に変わる製品や小ロットの製品で用いられる方法で、当然パッケージの変更は不要です。
あと設備投資関連で議論になりそうなのは、受注や出荷を含めた在庫管理システムの問題でしょうか。年月日まで入力しないと次に進めなかったりエラーになったりする処理は少なくないでしょう。
ただこの場合も、「2020年12月」であれば「2020年12月31日」と、単に月末最終日を入力すれば、システム変更無しに年月表示化が実現可能です。
なお、現状では「ロット番号」を付けていないメーカーが、新たに付けることになるケースでは、少し話は変わってきます。
単にロット番号を付けるだけであれば、ほぼ問題ないでしょう。パッケージ変更は不要でしょうし、印字機も年月表示で桁数が減った分をロット番号に回せるケースが多いと思います。
ただ、これに「製造所固有記号」が絡んでくると、ロット番号と固有記号を区別するのに工夫が必要で、パッケージ変更などが必要になる場合はあるかもしれません。「製造所固有記号は○○の下段に記載」など、製造所固有記号の印字位置を示す表現を多少変える必要性がでてくる可能性はあります。
とはいっても、印字や書き方の工夫次第でどうとでもなるレベルの話ではあります。また、費用が発生したとしても、大手はもちろん中小メーカーにとっても大きな負担となる額になるとは考えづらいうえ、事前に計算できる費用ですので、先に挙げた回収リスクに比べると経営判断に与えるインパクトは小さいはずです。
唯一、設備投資関連で大きな負担になり得るとしたら、受注や出荷を含めた在庫管理システムのほうです。先に述べたとおり、年月表示を年月日管理のシステムで運用するだけであれば、単に月末最終日を入力すれば目的を達成できます。ただし、「ロット番号」のような要素の管理に対応していないシステムの場合、システム入れ替えや、大規模なカスタマイズが必要になることも考えられます。
食品以外のメーカーの方からすると、「今までロット管理をしていなかったことが大問題。むしろ良い機会じゃないか。」と思われるかもしれませんが、そういうことではないのです。
大手食品メーカーの場合、同じ製造日に複数工場、複数ラインで同一製品を製造することがあり、それらをロット番号等で区別します。
それに対して、中小の食品メーカーでは1日1ロットということも少なくありません。その場合、賞味期限日だけ分かれば、製造日までトレースできます。
つまり、賞味期限の年月日管理が、そのままロット管理と同じ意味を持つため、ロット番号を打つ必要が無かったわけです。
在庫管理を月別にできるか、するべきか
賞味期限が年月表示となっても、倉庫内の在庫管理が日付管理のままでは、業務効率化の効果は期待できません。
そのためには、商品への印字を月別にするだけではなく、「在庫管理も月ごと」にすることが望ましいとされています。
それはそれとして、食品メーカーは「製造日ごとのトレーサビリティ」を確保すべきとされています。
つまり、賞味期限の月ごとの在庫管理と、製造の日ごとの(または、より細かい)トレーサビリティの実現という、一見すると矛盾する内容を両立させることが望ましい、ということになります。
トレースバック(遡及)については、ロット番号を印字して製造日と紐付けしておくだけで実現できますので、容易に両立できますし、するべきです。
トレースフォワード(追跡)に関しては議論がありますが、その効果として、「直接の出荷先」が分かるだけでも、(更に先のロットの行方は不明だとしても)有事の際の回収範囲をある程度までは絞り込める、ということが挙げられます。
そして、月ごとの在庫管理をしたとしても、倉庫にPOSシステム等を導入していれば、出荷先とロットの紐付けは可能です。ロット自体はパレットごとに分けておいて順不同で出荷するような、いわば完全な月別管理との中間的な運用が現実的かとは思いますが、もし全く区別せずに単に月別に出荷したとしても、ある程度は出荷先を絞り込むことが可能でしょう。
しかしながら、スキャンではなく目視によるピッキングや目視による賞味期限照合をおこなっている場合はそうはいきません。出荷先とロットの紐付けのためには、結局、従来通りのロットごとの在庫管理やロットごとのピッキングが必要になろうと思われます。
それも、以前は年月日表示を目視して確認していたものが、ロット番号を目視して確認することになりますので、直感的に理解できなくなり、作業者の負担が減らないどころか負担増にもなり得るでしょう。
そうなると、在庫の月別管理のみならず、出荷先との紐付も月ごとにする選択肢も検討したくなるところです。
ただ、筆者の経験でだいぶ前の話ですが、保健所が出荷先と賞味期限(製造日)の把握・紐付けを助言するケースがありました。
命令や指導ではなく助言レベルですので、保健所あるいは担当者による裁量の範囲内だと思いますが、それらのトレースを不要とするような明確な通達が出ない限りは、そういった可能性は考えておく必要があります。
食品ロス問題に関しては省庁によって温度差があり、厚生労働省は「食品ロスの削減に向けて努力することが必要」としつつも、むしろ廃棄食品の不正流通に対する対応等の方向に重きを置いている印象です。
いずれにしても、メーカーが業務効率化を主目的として賞味期限の年月表示化を検討する場合、在庫管理を月ごとにできるのか、するべきなのかを、まず考える必要があります。
おわりに
上で列挙したデメリットには、本来の目的である食品ロスの削減に貢献しないばかりか、食品ロスを増やす要因にすら繋がるものもあります。
メリットに比べて、デメリットの文章量の方が多くなってしまいましたが、冒頭で述べたとおり、筆者は基本的には年月表示化に賛成の立場をとっています。
とはいえ、物流や小売、大手メーカーはまだしも、中小メーカーまでを含めたサプライチェーン全体にとって、まるでメリットしかない取り組みであるかのような紹介方法には、強烈な違和感を持っています。
年月表示化のメリットに関しては政府資料や業界紙でも大きく取り上げられています。そして、それについての議論が交わされていない訳ではありません。ただし、それはあくまで「どう切り替えるか」や「切り替えまでの課題」といった、当然に切り替えることを前提とした議論がほとんどで、その是非やデメリットについてはほとんど論じられていません。
しかしながら、特に中小メーカーにおいては、例えば売上の大部分を占める主力商品を年月表示化した場合、一度の回収事案で事業が立ちいかなくなるリスクすらあります。
メリット・デメリットを総合的に勘案し、リコール保険等の加入も慎重に検討しつつ、年月表示に対応させるかどうかを決めるべきだと考えられます。
全3回の連載記事です。
- 第1回:賞味期限の年月表示とは|よくある誤解について
- 第2回:賞味期限の年月表示のメリットとは?
- 第3回:賞味期限の年月表示のデメリットについて(食品メーカー目線) 現在のページ
【参考文献・参考サイト】
商慣習見直しに取り組む事業者の募集:農林水産省
商慣習検討:農林水産省
平成30年度食品ロス削減のための商慣習検討ワーキングチーム – 公益財団法人 流通経済研究所
平成31年度食品ロス削減のための商慣習検討ワーキングチーム – 公益財団法人 流通経済研究所
食品業界で進む、賞味期限の年月表示化。切り替えの課題とメリット|フーズチャネル